創世記ノ-ト(7)

創世記ノ-ト(7)キリストと偽者
神はその光をよしと見られた。そして神はこの光とやみとを区別された。 創世記1:4

神が置かれた溝または淵のようなものによる区別は主イェスに関しても確かにあります。
そしてこの区別を神は絶対お守りになられるのです。これは、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい。彼らが急いであたりを見回すと、自分たちといっしょにいるのはイェスだけで、そこにはもはやだれも見えなかった。 マルコ9:7,8

これは有名な変貌の山の出来事です。イェスはペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人の弟子を連れて高い山に上られました。すると彼らの目の前でイェスの姿は白く光り輝く御姿に変わられました。さらにエリヤとモ-セが現われイェスと語り合いました。
これを見た弟子たちは驚き恐れ何をして良いのかわからなくなり、結局ペテロが言うべき事のわからないままに言いました。

「幕屋を三つ造ります。あなたのために一つ、モ-セのために一つ、エリヤのために一つ。」
しかしそれは主イェスを他の二人と対等に扱うことですから神は拒絶され、「これは、わたしの愛する子である。」と言われたのです。
モ-セやエリヤがどんなに偉大な人物であっても人間であり、イェスは神が人となられた方です。

この区別をしない宗教や哲学には、勿論永遠のいのちの救いはありません。
しかし、異端的なキリスト教をも含めて、多くの宗教が実に何らかの形で、イェスまたはキリストの名を使っていますが、正しく使っていません。
主イェス・キリストを、単なる聖人または偉人の一人とするか、さもなくば宇宙人だとか、単なる教師の一人、または、宗教の開祖の一人として扱っています。そのいずれもが誤りであり、聖書は、イェスこそ唯一の神が人となられて、この世界に来られた救い主であられることを宣言し、一歩も譲りません。しかし、聖霊によるのでなければ誰も、イェスは主であると告白出来ないのです。

ですから、私は、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも、「イェスはのろわれよ。」と言わず、また、聖霊によるのでなければ、だれも、「イェスは主です。」ということはできません。 Ⅰコリント12:3

この告白の出来る事は、実にすばらしい事であり、神の恵みです。
これから、いよいよ世の終わりが近づいて来ますと、主イェスが言われたように、偽キリストや、偽預言者がより多く世に出て来るでしょう。そして、最後に出て来る反キリストと、その配下によってなされる多くの不思議や奇跡が、ますます多くの人を欺き、だますようになると思います。目を覚まして、主のご再臨に備えたいと心から願ってやみません。

こういう者たちは、にせ使徒であり、人を欺く働き人であって、キリストの使徒に変装しているのです。しかし、驚くには及びません。サタンでさえ光の御使いに変装するのです。ですから、サタンの手下どもが義のしもべに変装したとしても、格別なことはありません。彼らの最後はそのしわざにふさ わしいものとなります。 コリントⅡ 11:13~15

不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽わりの力、しるし、不思議がそれに伴い、また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行われます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。
それゆえ神は、彼らが偽わりを信じるように、惑わす力を送り込まれます。
それは、真理を信じないで、悪を喜んでいたすべての者が、さばかれるためです。
しかし、あなたがたのことについては、私たちはいつでも神に感謝しなければなりません。主に愛されている兄弟たち。神は、御霊による聖めと、真理による信仰によって、あなたがたを、初めから救いにお選びになったからです。
ですから神は、私たちの福音によってあなたがたを召し、私たちの主イェス・キリストの栄光を得させてくださったのです。そこで、兄弟たち、堅く立って、私たちのことば、または手紙によって教えられた言い伝えを守りなさい。 テサロニケⅡ 2:9~15.

ここに大きな対比があります。
救われている者とそうで無い者、その相違はこの世ではあまり見えないでしょう。しかし、時が来て、主が栄光のうちに現われて下さるとき、その相違の大きさが明らかになります。
光と闇、キリストとサタン、真理と不法。神は、私たちにどちらを選ぶかの自由を与えておられます。それだけに、その結果は一人一人が取らなければならない責任です。
真理を示され、それを受け入れるように導いて下さった方、神の御霊の働きに心から感謝し、その方を遣わして下さった父なる神と、御子イェス・キリストの御名を心から賛美致します。
なぜなら、光りと闇の隔たりは永遠であり、今、光の中に救い出されている者は、もはや、闇の世界とは無関係ですから。

神は、私たちを暗闇の圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。 コロサイ1:13~14.